創造的・思考的な仕事は「勝負の時間」に

「時間管理術」や「不安との向き合い方」を医学的な見地から見ていきたいと思います。いわゆるビジネス書、自己啓発書の類には時間管理に関する記述が多く見られますが、医学的な見地から「もっとも理にかなった時間管理術」というのは、ほとんど見たことがありません。

ぜひとも参考にしてほしいと思います。そもそも人間の体には、ものを考えるのに適した状態と、そうでない状態があります。交感神経が跳ね上がっている状態は、どう考えても思考には向きません。心拍数が高く、血管が収縮し、血流が悪くなっているので、脳に十分なブドウ糖が送られません。

おまけに呼吸が浅く、小刻みになっているので、集中力も低下しています。そんな状態で何かを考えようとしても、まったく脳は機能しません。

それとは逆に、副交感神経が優位で、交感神経がレベルダウンしている時間も、思考的、創造的な仕事には向きません。食事の後、夜寝る前などがその代表的な時間です。

では、いったいどの状態が思考的、創造的作業にもっとも適しているのでしょうか。それは「交感神経、副交感神経ともに高いレベルを維持しているとき」といえます。

言葉にするとわかりにくいかもしれませんが、要するにそれは「午前中」ということです。

思考のゴールデンタイムは午前中

人間は朝の時間に副交感神経優位から交感神経優位に切り替わります。1一日の活動を始めるために、体がアクセルを踏みはじめる状態です。

その後、段々と副交感神経は下がっていくのですが、午前中はまだ副交感神経が高いレベルを維持できています。それだけ血流が良く、脳に十分なブドウ糖が供給されやすい状態でありながら、交感神経の働きによって体が活動的にもなっている。

それが午前中。まさに思考のゴールデンタイムです。1日における「勝負の時間」と表現してもいいでしょう。

ぜひともその時間に「もっとも頭を使う仕事」を割り振ってください。新しい企画を考える、問題点を精査し解決策を探る、情報を分析して新たな戦略を練るなど、「頭を使う仕事」はとにかくこの時間に行うべきです。

このもっとも頭が働く「勝負の時間」にメールチェックをしたり、何かしらの連絡や報告をするのは、医学的にいって非効率。特に40代、50代は副交感神経のレベルが下がってきている年代なので、「勝負の時間」を逃してしまうと、その日のパフォーマンスは相当下がってしまいます。

時間管理の基本は「どの時間に、何の作業を割り振るか」。仕事内容や職場によって思うようなスケジュールが組めないことも多いでしょうが、「勝負の時間に思考的な仕事をする」というのは、もっとも優先すべき時間管理の考え方です。ぜひとも「勝負の時間」を無駄にしないでください。

時間を3つのブロックに分ける

さらにもう少し細分化して「勝負の時間の使い方」について考えてみましょう。元来、人の集中力は高閣半しか続きません。これは医学的、肉体的に証明されていることなので、(多少の個人差はあるにせよ) 2時間も、3時間も高いレベルの集中力は続きません。

そこで、午前中に「頭を使う仕事」をする際、さらに時間を2つか、3つに分けて考える必要があります。
2つに分けるか、3つに分けるかは、それぞれやりやすいほうで構いませんが、私は通常「3つに分ける(1時間をワンブロックにする)」という方法を採ってといます。

  1. 9時から10時
  2. 10時から11時
  3. 11時から12時

この3つのブロックに「それぞれ何をするか」をあらかじめ決めておくのです。

じつは、この「決めておく」というのがとても重要。朝、会社に来てから「今日は何をしようかな」と考えること自体、「勝負の時間」を無駄にしますし、「どうしようかな?」という小さな迷いも、副交感神朋経を下げる要因になります。

そんなことは前日に決めておいて、できるだけスムーズに、余計な負担をかけない状態で1日の仕事をスタートさせます。すると、自律神経のバランスが整ったまま仕事に入っていけるので、すぐに理想的な集中状態をつくることができます。とても細かいことのように感じるかもしれませんが、優れたパフォーマンスを安定的に発揮するには、そのくらい繊細な意識を持って、副交感神経を高める(あるいは下げない) 工夫が必要です。

必ず休憩を入れる

ワンブロック1時間~1.5時間)が終了したら、必ず一度休憩を入れ、副交感神経を高めるためのエクササイズを何かしら実施してくだざい。

もっとも簡単なのは「1対2の呼吸」ですし、階段を一階分ゆっくりと上り下りするのでもいいでしょう。階段の上り下りは、ウォーキングと同じ「タッタッタッ」というリズムがあるので、体が疲れない程度であれば副交感神経を自然に高める効果があります。
そのはか、可能ならば一度外へ出て空を見たり、風を感じながら「1対2の呼吸」ができれば最高です。

いずれにしても、1時間集中して仕事をしていれば、交感神経はかなり高まっているはずです。デスクワークをしている人なら、同じ姿勢が続き、血流が悪くなっているでしょう。

実際には1時間程度の仕事をしただけでは、「疲れたぁ」という自覚症状はあまりないかもしれません。しかし、体の状態は「本当の健康体」から遠ざかり、集中力は確実に低下しています。

この段階を見逃さず、リセットすることが非常に大切。それ以上、交感神経が上昇し、副交感神経がが下がってしまうと、なかなかリカバリーがきかなくなるからです。40代、50代の方たちは特にこの点を意識しておいてください。

自分の肉体に即した時間管理

午後の時間は、仕事によって(あるいは人によって)使い方はさまざまでしょうが、午後の早い時間は「人と会う予定」を入れるように意識しています。

午前中は徹底した頭脳労働に従事して、軽い昼食を食べた後は人と会う。人と会って話していると適度に交感神経が高まってくるのですが、1~2時間のミーティングを1つ、2つこなすというのは、非常にリズムのいい時間の使い方です。

そして夕方になったら、副交感神経が高まっていくのを阻害しないよう徐々にクールダウンに入っていきます。オフィスを出る前にはデスク周りを1ヶ所だけ片づけて、それが終わったら落ち着いた気持ちで家に帰る。
仕事の最後の1ヶ所だけ片付ける「リセット」方法が副交感神経に働きかけてくれるのです。

これが、自律神経の働きに則った、もっとも医学的な1日の流れといえるのではないでしょうか?
もちろん、頭脳を酷使する生産的なミーティングなら午前中にセットしたほうがいいでしょうし、定例の会議が入っている場合など、相応にカスタマイズは必要でしょう。

しかし、いかなる場合でも、自分の肉体をよく知ったうえで、理にかなった時間管理をすることが私たちには必要です。はっきりいって40代、50代は、仕事の質と量が上がっている反面、肉体的おとろには若い頃より確実に衰えています。

そのギャップを埋めるためにも、「どの時間に、何をするか」というマッチングを、よりシビアに考えなければならないのです。「ゆっくり生きる」と「自分の体に即したシビアな時間管理」というと、一見相反するように感じますが、決してそうではありません。
より効果的な時間の使い方ができるからこそ、生産性が上がり、過度に忙しくなるのを防ぎ、結果ゆっくり生きることができます。
自律神経の働きに逆らわないいわゆるゆっくり生きる達人たちは、たいてい時間の使い方がうまいのです。しかし、これは誰もができるはずです。

糖質制限食をやってみてはじめてわかったこと、やったからこそ見える景色がある

糖質は栄養と言えるか?

淡水怪物を摂ると眠くなる

糖質制限食を実践してはじめてわかったことですが、主食(米、パン、うどんなど)を食べると、1時間弱で確実に、強烈な眠気が襲ってきます。糖質制限食ならこちら

それまでは、「食べたら眠くなるのはあたりまえ」と考えて気にも留めなかったのですが、しばらく糖質を含まないものだけ食べている状況で、いきなりパンなどを食べると、そのあと猛烈に眠気が襲ってきて、いつの間にか眠りこけているのです。

この眠気の原因については、「糖質食により血糖値が上がり、それに応じてインスリンが分泌され、今度はその働きによって低血糖になるため」と説明されています。だから、逆に糖質を摂取しなくなると血糖値が上がらず、インスリンも分泌されないので、眠気に襲われることもない、というメカニズムになります。

このことについて、こんな人体実験?があります。家族でドライブに出かけた時、中学生の息子さんには、ご飯・パン抜きで肉やソーセージ、野菜を好きなだけ食べさせ、一方、奥様は普通にご飯付きの定食を食べてもらいました。
食後に車に乗り込んだところ、普段ならドアを閉めるやいなや寝てしまう息子さんが、まったく眠らずにずっと喋っていて、逆に奥様はすぐに寝てしまったということです。

さて、日中に眠らなくなるとどうなるか。その反動で、夜はベッドに入るとあっという間に寝付いてしまったのです。いわゆる「寝付きがいい」ということです。夢を見ることもなく朝になると自然に目が覚め、目が覚めたとたんに体が活動モードに入ったのです。

糖質制限食を始めてから、夜は十分に熟睡できるようになったため、睡眠時間はむしろ短くなった感じです。糖質制限により日中の居眠りタイムがなくなり、夜はすぐに熟睡し、朝になるとばっと目が覚める生活になったわけで、必然的に活動時間が長くなります。

職場でも通勤電車でも、新幹線や飛行機のなかでも、ずっと居眠りせずに起きているのですから、その時間を読書にあてたり、ゆっくり考えごとをしたり有意義に時間を活用できるようになりました。「1日24時間」から「1日26時間」くらいに増えたような感覚です。

さらに、「糖質を食べると眠くなる」「糖質を食べなければ眠くならない」ということを利用すれば、睡眠障害の治療に役立つ可能性が高くなります。長年睡眠障害をわずらっていたという方から、それまで入眠剤が手放せなかったのに、糖質制限をしてからは、それなしに眠れるようになったという報告も多数いただきました。

「食後の眠気がなくなり、昼寝をしなくなった分、夜になるとばたりと寝てしまいます」というメールもたくさんいただいています。睡眠障害の原因はさまざまでしょうが、その原因の1つが糖質食である可能性は否定できませんし、むしろ可能性は高いと思われます。睡眠障害に悩んでいらっしやる方はとりあえず、「主食を食べないだけで睡眠障害が治るのなら、やってみようか」程度の軽いノリで、糖質制限食を始めてみるのも悪くないでしょう。

同様に、糖質制限を始めてから抑うつ症状がなくなって、抗うつ剤が不要になったという人もいます。糖質制限を勧めてみたら症状が改善した、という連絡も多数いただいています。さらに、糖質を食べると食後に眠くなることが普遍的な現象であれば、居眠り運転の原因の1つが糖質過剰摂取である可能性も浮上してきます。がっつり糖質を制限する方法でなくても今、食べている主食を減らせば睡魔は改善できる可能性もあります。

ご存じのように、ドライブインや高速道路のサービスエリアは、最近、食事にカを入れているところが増えました。とくに、地元の名産や名物料理を組み合わせた食事を目玉にしているサービスエリアも多く、ニュースやバラエティ番組で取り上げられるところも目にします。

メニューを見ると、定食や井物、そしてラーメンなどの麺類がほとんどであり、いずれもかなりの糖質過多食です。これはどう考えても、食後の血糖を急上昇させて「居眠りを誘発させる食事」です。

このような食事を提供しておいて「居眠り運転をするな」というのは土台無理な話です。いずれにしても、炭水化物主体の食事をするようになったばかりに、人間は食後の眠気に襲われる生活をするはめになったのです。

私たちは米やうどんやパンに、貴重な時間を奪われてきたのです糖質たっぷりの食事が主食であると頭から信じ込んできたばかりに、無為な時間を過ごしてきたのです。そして、糖質を食べると眠くなるという現象が、本来の人類は糖質を摂取していなかったことを証明しているのです。

初期人類が糖質を食べて眠りこけていたら、肉食動物のエサでしかないからです。それこそ、ネギと調味料を背負った鴨が勝手に鍋にダイブし、自分でコンロの火つを点けているようなもので、そんなマヌケな動物はすぐに絶滅するしかありません。

デンプンの罠

「うどん1玉は角砂糖14個分」と紹介しましたが、角砂糖14個はとても食べられるものではありませんが、うどん1玉なら一気に食べられるし、多くの男性にとっては、1玉のうどんではとても足りず、2 玉、3 玉と食べる人も珍しくないはずです。

同様に、14個の角砂糖がお茶碗に盛られているのを見たら、私は胸焼けしてしまうが、お茶碗1杯のご飯を見て胸焼けはしません。ようするに、砂糖は大量に食べられないが、同じ量の糖質を含んでいるデンプンならいとも簡単に食べられるのです。

理由はいうまでもなく、デンプンは食べやすいからです。デンプンをよく噛めば、唾液のアミラーゼがそれを分解してブドウ糖に変化させ、ほんのり甘くなりますが、その甘さは砂糖に比べれば、「そういわれれば甘いかな? 」程度であり、今日の私たちの味覚からすると、パンもうどんもご飯も、むしろ「甘みのない食べ物」の部類です。

そして炭水化物は、食べ続けても飽きがこない不思議な魅力があり、おかずの味付けによって変化を付ければ、いくらでも食べられてしまいます。「ほとんど甘くない」のは口のなかでだけであり、消化管を通過していく過程で分解されることで、デンプンはブドウ糖に変化して吸収され、「甘い食べ物」に変身します。

口のなかでは甘くないのですが、体内で甘い糖分に豹変し、血糖を急上昇させます。これぞ、ヒツジの皮をかぶったオオカミならぬ、デンプンの衣をかぶったブドウ糖であり、トロイの木馬といえるでしょう。これが砂糖だったら、その強烈な甘さから、「甘くて美味しいけれど、何となく体に悪いかも」という意識が頭に浮かぶこともありますが、パンもご飯もうどんも、それ自体は甘くないため、「砂糖のように体に悪いかも」という発想は、絶対に頭に浮かばないはずです。これがデンプンの怖さ、穀物の怖さです。このデンプンのみがもつ魔力、まさにそれは、人類にとって「魔味」といえるでしょう。

炭水化物は必須栄養素なのか?

現在の栄養学の教科書には「糖質(炭水化物)、タンパク質、脂質が三大栄養素」であり、「生活習慣病を予防するためには、脂質の比率を25~30% 以下に抑えるべき」「炭水化物は60%前後と、もっとも多く必要」というようなことが書かれています。

このような記述は、どの栄養学の教科書にも必ず書かれているので、栄養学という学問のいわばを土台です。三大栄養素のなかでもっとも重視されているのは、タンパク質でも脂質でもなく、炭水化物であることがわかります。

しかし、糖質制限食の存在を知り、それを自分の体で実践するにつれ、この「三大栄養素」の概念がそもそも間違っているのではないか、という疑問が浮かんできます。糖質制限をしてみるとわかりますが、糖質を摂取しなくても人間は普通に生活できるし、それどころか、肥満も糖尿病も高血圧も高脂血症も治ってしまい、スタミナが付き、どんどん健康になっていくのです。

少なくとも私が知るかぎり、糖質制限食に切り替えた健康人で不健康になった人は聞いたことも見たこともありません。これは生物学的にも証明できるものです。人間の生存に欠くことができない必須脂肪酸と必須アミノ酸に関しては、食事で外部から取り入れるしか方法がないのですが、炭水化物に関しては、アミノ酸を材料にブドウ糖を合成するとうしんせい「糖新生」というシステムが人間には備わっていて、タンパク質さえあれば自分で作り出せるからです。

ようするに、必須脂肪酸や必須アミノ酸のように、「人間が体内で生合成できないから、いやでも外部から取り込むしかない」という意味での「必須炭水化物」は存在しないのです。つまり、「必須栄養素としての炭水化物」を大前提に理論体系が組み立てられている栄養学という学問体系自体が、砂上の楼閣なのでしょう。

ではなぜ、こんなことになってしまったのだろうか。理由はおそらく、食物とは「カロリー」であり、すべての食物はカロリーに換算して摂取す量を決めるべきだ、というカロリー神話を最初にべースに据えてしまったからでしょう。

また、これとは別に、「昔から食べてきたものを食べるのが正しい食生活である」という考えや、「その土地で採れるものを食べるべき。そこで暮らす人間はその土地で採れるものを消化するように進化してきたのだ」という考え方を提唱する人も多く、たとえば書店の健康コーナーには、「日本古来の食事である玄米を食べれば病気知らず」というような本がいくつも並んでいる。

一見まともなように見えますが、この考えもおかしい点がいくつか見えてきます。「日本古来」の「古来」とは、いつの時点を指し、なぜその時点を「古来」としたかの根拠が書かれていないからでし。たとえば、「古来」を縄文時代中期以前にすれば、日本列島に栽培種のイネはまだ1本も生えていないし、その時代に生きていた日本人は玄米は食べていません。

また、日本各地でイネが栽培されるようになってからも、日本人は玄米だけ食べていたわけではありません。日本人にとってイネは「聖なる植物」の1つとして信仰の対象でしたが、毎日豊富に食べられる食材ではありませんでした。

江戸時代になっても、日本人の8割を占めていた農民層にとっては、米は年貢として納めるものであり、彼らの日常の食事は、雑穀と芋、野菜を混ぜて煮たものでした。
また、日本各地の畑で栽培されている野菜についても、日本の固有種となると極めて少なく、大多数は海外から渡来したものであり、日本古来の野菜といえば、ヤマノイモ、ウド、フキなどしかありません。日本の国土に昔から生えていたものを食べよう、というのは、考え方としては面白いが、これは日本の自然史と歴史を無視した暴論です。

糖質は嗜好品

では、人間にとって糖質とは何でしょうか?必須栄養素ではなく、摂取しなくても問題はなく、かえって摂取することによりさまざまなトラブルを起こしているだけの存在です。一方で、糖質制限の話をすると、きまって「ご飯が食べられない人生なんて考えられない」「甘い物が食べられないなら死んだほうがマシ」と猛烈に反発する人がいるし、さまざまな理屈をこねて「糖質を食べることの意義」を見つけようとする人もいます。

そのような人にとっては、糖質を食べるという行為そのものに愛着があるように見えます。これは何かに似ていないでしょうか。このような反応を示す物を、「晴好品」と呼んでいます。晴好晶とは、摂取時の味覚や刺激を楽しむために、食べたり飲んだりする飲食物や喫煙物のことを言い、一般的に次のような特性を持っています。

  • 普通の意味での飲食物ではない(栄養・エネルギー源として期待されていない)
  • 普通の意味での薬ではない(病気に対する治療効果はない)
  • 精神的な効果がある
  • ないと寂しい感じがする

たとえば、コーヒーは飲んで栄養になるわけでもなければ、薬になるわけでもありません。しかし、独特の香りと苦みは精神をシャキッとさせ、気分をリフレッシュさせてくれます。そして1杯飲んだあと、もう1杯飲みたくなります。
コーヒーを取り巻く全体的な雰囲気も、人々を魅了してやみません。これはタバコや酒も同じです。タバコを吸ったり酒を飲んでも栄養にも薬にもならないのですが、それらがもたらす刺激や酩酊感は他の物では代用できず、1度体験すると、くりかえし味わいたくなり、一部の人間はそれなしでは暮らせなくなって中毒になり、最後は依存状態になって抜け出せなくなるくらいです。
アルコール依存症についてはこちらです。

肝臓を労る生活習慣の基本は食べ過ぎ・飲み過ぎに注意して肥満を防ぐ

腹八分目の食事が基本

肥満の原因の多くは、食べ過ぎによる栄養過剰。食生活の習慣はだいたい20歳ぐらいまでにできあがります。年をとると若いときほどエネルギーを必要としなくなりますが、年齢に合わせて食習慣を改めることができず、気づかないうちに食べ過ぎてしまうことが多いのです。

消費しきれなかったエネルギーは、脂肪として皮下や内臓の周りに貯えられます。体内のエネルギーが不足すると、貯蔵された脂肪が消費されます。でもエネルギーが過剰な状態が続けば、脂肪がたまり続けて肥満が進行し、脂肪肝になるリスクも高まっていきます。食べ過ぎによる肥満の第一の原因は、糖質の多い食品です。

日頃からごはん、パン、めん類などをとり過ぎないように注意。食事だけなく、間食にお菓子や甘い飲み物をとり過ぎていないかどうかもチェックしましょう。肝臓に負担をかけないようにするためには、満腹するまで食べる習慣を改め、1日3回、規則正しく食事をとることも大切です。

週に2日は休肝日を

肝臓には、有害物質を分解して無害な物質に作りかえる解毒作用があります。お酒に含まれるアルコールも、体内では有害物質とみなされ、肝臓で解毒されます。そのため、お酒を飲み過ぎると肝臓に大きな負担がかかるのです。

こうした状態が続くと肝臓の機能が低下し、脂肪肝などの肝障害を引き起こす原因となります。また、アルコールそのものによる害のほか、高エネルギーのお酒をたくさん飲んだり、油っこいおつまみを食べたりすることも問題。エネルギーのとり過ぎから、脂肪肝を引き起こすケースもあるからです。
2週間の禁酒が脂肪値を半分に

お酒には、血行の改善や心身のリラックスなど、体によい効果もあります。医師にお酒を禁止されている場合は別ですが、お酒が好きな人の場合、我慢しょうとストレスをためるより、適量のお酒を飲んだほうが体への悪影響が少ないこともあります。体調に合わせて、体に負担をかけない範囲でお酒を楽しみましょう。

適度な運動と休息で肝臓を守る

適度な運動でエネルギーを消費

肝臓病になったら安静が必要といわれていますが、急性肝炎の初期や重度の肝機能障害の場合を除き、適度な運動は問題ありません。運動することによって筋肉が維持されれば糖やたんばく質の代謝もスムーズになり、食事でとり過ぎてしまったエネルギーを消費することにもつながるからです。

だからといって、今まで運動をしていなかった人がいきなり激しい運動をする必要はありません。エスカレーターのかわりに階段を使う、家の周りを散歩するなど、日常生活の中で体を動かすことを心がけるだけでもよいのです。運動をする場合、ひとつだけ注意したいのは、食後すぐに行わないこと。食後はエネルギーを代謝する肝臓の仕事が多くなるため、肝臓に十分な血液を送る必要があるのです。
運動すると筋肉の血行がよくなって肝臓への血流量が少なくなり、肝臓の働きを妨げてしまいます。

たっぷりの睡眠で肝臓を休める

人間の体は、日中に活動し、夜は休息するように作られています。肝臓の健康を守るためにも、夜は活動量を減らしてゆっくり休むことが大切です。肝機能アップのためには、早寝・早起きを心がけ、7時間程度の睡眠を確保することが理想です。

寝つきが悪い人は、睡眠サイクルをつかさどる体内時計が乱れていることが多いもの。朝起きたらカーテンを開けて朝日を浴び、決まった時間に起きるようにして、体のリズムを整えましょう。

便秘を防いで肝臓の負担を軽くする

便秘は肝臓の大敵

便秘で腸内に便がたまると、腸内に停滞している便からアンモニアなどの有害物質が発生します。体内の有害物質を解毒するのは、肝臓の仕事。そのため、便秘をすると肝臓にかかる負担も大きくなるのです。便秘を解消するためには、生活のリズムを整え、食事の内容に気をつけることが大切です。

まず、朝食は必ずとること。腸を動かすためには、胃や腸に食べ物を送り込む必要があるからです。そして、便意を感じたらすぐにトイレへ行きましょう。便意を我慢することは、便秘の原因のひとつです。我慢するのが習慣になると、便意そのものを感じにくくなってしまうこともあるので要注意です。
食物繊維と水分を十分にとることもポイント。食物繊維には、便の量を増やしたり、腸の働きを活発にしたりする働きがあります。また、水分をたっぷりとることで便が軟らかくなり、排泄がスムーズになります。
イサゴールはおすすめです。

ストレスを上手に解消する

ストレスも肝機能低下の原因に

ストレスとは、外部からの刺激によって起こる精神的な緊張や体の防衛反応のこと。ストレスはさまざまな病気の原因となり、肝臓にも悪影響を及ぼします。ストレスが発生すると、ホルモンの一種・アドレナリンが分泌されます。アドレナリンは、体がストレスに負けないよう心拍数を上げたり、血圧や血糖値を上昇させたりします。

ストレスがなくなると体内でアドレナリンが壊され、体は通常の状態に戻りますが、問題なのは、そのときに大量の活性酸素が発生すること。活性酸素には、細胞に含まれる脂質を有害物質にかえ、健康な細胞を傷つける働きがあります。肝細胞が傷つけば肝臓の機能も低下し、さまざまな不調や病状の悪化につながります。現代社会では、ストレスのない生活を送るのは、ほぼ不可能です。ストレスの原因や解消法は人によって異なりますが、自分に合った方法で対処することが大切です。

禁煙

たばこの煙には、ニコチンやタールなど、さまざまな化学物質が含まれています。これらの物質が体内に入ってくると、肝臓では解毒処理を行わなければなりません。そのため、たばこを吸う本数が多いほど、肝臓に負担をかけることになります。
たばこの煙には活性酸素が含まれています。さらに、喫煙によって、強いストレスを受けたときと同様にアドレナリンが分泌されるため、体内でも大量の活性酸素が発生します。活性酸素は健康な細胞を傷つけ、肝機能にも大きなダメージを与えます。たばこに、抗酸化作用のあるビタミンCを大量に消費する性質があることも問題。
体内で活性酸素を撃退する働きを弱めることにもつながってしまうからです。肝臓のためにもっともよくないのが、お酒を飲みながらの喫煙です。たばこの化学物質に加えてアルコールまで肝臓で解毒しなければならなくなり、肝臓にかかる負担がいっそう大きくなってしまいます。
肝臓の数値に不安がある方はシジミです。

体の細胞が元気になるためには

日本人に合った生き方がある

「生きる力」というのは、予期せぬ出来事や突然の危機的状況に対応する能力のことをいいます。ですので、毎日が同じことのくり返しであったり、何も悩みがないと、「生きる力が弱くなる」ということがいえるでしょう。

たしかに、あまりにも過酷な状況というのは心身を破綻に導きますが、人間はやはりある程度は今よりも高いところにハードルを設定して、それをクリアすることで自分を満足させて生きていくべきだと思います。特に、やる気のある人というのは、いつも自分をぎりぎりのところまで追い込んでいるものです。

「もう少し頑張れる」「あと少し頑張れば認められる」と。やはり日本人のような勤勉な民族というのは、身体を壊さない程度に、自分の能力を出し切るところに目標を置いて力一杯生きることが、生きる力を養いながら力強く生きていく方法だと思います。

四季折々がある日本の場合、昔から、作物が実る季節に合わせて、さまざまな準備をしたり、そのために不測の事態まで考えて、計画を立てて暮らしてきました。

むしろ、農業国の日本という国の環境因子を考えると、こういう勤勉さがないと生き延びられなかったと言ってもいいかもしれません。

まさしく「生きる力」を存分に発揮して、天災や動乱などの有事に備えて暮らしてきたのです。ところが、南方へ行けば事情は違ってきます。

いつでもバナナやパパイヤが実っていて、食べたいときに食べ放題!となつてくると、なかなか勤勉さが根付きません。むしろ踊ったり、歌ったりにエネルギーを使って発散するため、生きる力も育まれず、危機的な状況にさらされたとき、なかなか対応できません。

逆に、日本よりもっと寒い北へ向かうと、肉や乳製品を手に入れなくてはならないので、荒々しさや競争社会が際立って、日本とは違った闘争心の世界へと入っていくわけです。

つまり温帯と熱帯、さらに寒冷地では、人間の生き方そのものが変わってきますし、そこで培われる「生きる力」にも大きな違いが生まれてくるのです。

こういうことはスポーツの世界が非常に象徴的であり、韓国や北朝鮮の人々は非常に闘争心が強いいっぼう、日本人は闘争心よりも組織力や正確さ、律儀な面を強調して勝負に挑もうとするわけです。

不測の事態が起こっても決して慌てずに、あらかじめシミュレーションした通りのプレーができれば必ず勝てるはずだというのが、これまでの日本人の論理でした。

体質は変えられる

ところが、現代の社会というのは思い通りにいかないことの方が多く、事前のシミュレーションはほとんど役に立たなくなっています。

今の社会では、勤勉さや律儀であること以上に、競争を乗り切る「生きる力」が求められます。特に家庭を支える男性の場合は、日々の暮らしを安定させる努力に加えて、さまざまな社会的危機を乗り越える「体力」というものが不可欠のものとなってきました。

いわば、健康こそが有事のときに力を発揮できる条件、という考え方に変わりつつあります。では、もともと身体の弱い人はどうすればいいのか。特に今の子供たちは大事きやしやに育てられているので身体の弱い子供が多く、華奢で線も細く、性格も優しい。

こういう子供たちは、大人になって有事に遭ったときに乗り越えるだけの力を、身につけられるのでしょうか。これはもう、体質改善しかないのです。
そしてもっとも手っ取り早い方法は、身体を鍛えることです。必要以上に過酷な筋肉トレーニングなどでなくとも、縄跳びやランニングで結構です。空手の練習でもいいでしょう。

そうやって毎日身体を鍛えていれば、筋肉というのはすぐに反応してきます。1ヶ月もすれば見違えるほどに身体つきが変わってくるのではないでしょうか。

そしていつの間にか風邪もひきにくくなり、体型や体質が変わることで、最終的には性格も変わってきます。健康は、有事に自分の持てる最高の力を発揮しきるためにあるのです。

そして最後に重要なのは、睡眠です。 快眠ぐっすり酵素「セロトアルファ」で睡眠薬が不要に

インフォームドコンセントと医学の関係性

もともとは2つの意味があった

医者が患者さんに対して、受ける手術や治療の内容、そのやり方、そしてその必要性や危険性、またそれらにかかる費用などについて、分かりやすく説明したうえで、治療に同意を得ることを「インフォームドコンセント」といいます。

このインフォームドコンセントは、ここ数年ほどで日本の医療界において盛んに言われ始めたものですが、その歴史をたどれば、もともとは2つの意味がありました。

1つは、医療過誤裁判において、医者に説明義務があることを認めさせるための法律上の概念です。そしてもう1つは、人体実験における被験者の同意を取り付けるうえでの考え方です。

この考え方が広まったのは、1970年代のアメリカの医療界においてのこと20です。医者と患者の間に食い違いがなく治療が行なわれるよう、また治療中になんらかのトラブルが起きたさい、あくまでも「同意の上」を強調し、訴訟時における医者の自己防衛をするためという意味がありました。

こうした考え方は1990年ころに日本にも持ち込まれ、治療に対する「説明と同意」の徹底がいわれ始めました。特に「ガンの告知と治療」については、このインフォームドコンセントの考え方が、多くの医療現場で普及され始めています。

さて、このインフォームドコンセントについてはたくさんの解釈があるかもしれませんが、医者が患者さんとコミュニケーションをとり、前向きな治療をする手段としてあるものならば良いのではないかと思います。

つまり、日本においてインフォームドコンセントが導入され、ガンの告知をするさいに、患者さんに説明をするというのは、本来「大丈夫です。頑張りましょう」と励ます意味が込められているべきであったはずだからです。

ところが現在、日本で行なわれているインフォームドコンセントは、アメリカかくみので生まれた背景同様、医者の隠れ蓑になつているような気がしてなりません。つまり、万が一の場合の訴訟に備えての同意書ということです。「最悪の結果になっても、同意を得ているわけだから、医者は訴えられない」、医者のプライドを忘れたかのように使われているのが、今の医療の現状です。

「同意書」がさらに心を傷つける

インフォームドコンセントの同意書に書かれている内容というのは、非常に不愉快なものです。その内容を読んで、快くサインをしようと思う人は1人としていないでしょう。

むしろ自分が侵された病魔に脅かされ、「自分はこんなにひどい状態なのか…」と暗い気持ちになることは間違いありません。

大変なストレスを抱え込むこととなり、そのストレスが痛の進行に拍車をかけることになる、これはもう最悪の循環です。こういうことは、医者自身の倫理観のなさに基づくものではありません。医者には悪気はないのです。むしろ問題はしくみにあるのであり、日本の医学の未熟さがこうした傾向を招いているのだと考えていいでしょう。

そもそも人間というのは、混乱に混乱を重ねながら物事の間違いに気づいていくものです。今の日本の医学というのは、まさにこの混乱のど真ん中にあるのだと私。そしてその間違いが決定的な形となって現れるまでは、誰もがうすうすは気づいていながらも、こうした傾向に対して歯止めをきかせることはできない。しかしそこにはやがて破綻が起こってくることは間違いありません。